「それでは、貴方は私の願いを聞き届けてくださるのですね」
女は黒い瞳を伏し目がちにし、囁くように言った。
「ああ、二言は無い」
それに答えるのは武者姿の若者。
こちらも静かに、しかし力強く頷く。
「元より彼奴らとは相いれぬ間柄。彼を討つことに何の躊躇いがあろう」
若者は傍らに置いてあった剣を取り、立ち上がる。
剣の柄に巻いてあった飾り紐がふわりと揺れる。
あまりにも持ち慣れた得物の感触。
剣は持ち主の敵を斬る為のもの。
それが今夜振るわれる。
そうして失われるのは果たして何か。
彼と呼ばれた者の生命か、それとも――。
「全てが終わった後は、私と共に生きてくれ」
それだけ言い残し、若者は戸口をくぐる。
その姿は夜の闇に溶けこむように紛れ、やがて見えなくなった。
「ええ、全てが終われば……」
若者の気配が完全に消えたことを確認し、女は呟く。
蔀戸の隙間から見上げる空には白い満月。
煌々とした冷たい光が差し込み、女は眩しそうに目を細める。
その光を掬うように手をかざすが、それは叶わず手の間をすり抜けていく。
「もうすぐ……もうすぐ手が届く……」
狂おしいほどの渇望――いや望郷の念か。
それを隠そうとはせず、笑う。
自らの望みが叶うことの喜びを、その為に利用した若者の愚かさを。
ただくすくすと嗤い続ける。
若者が自分に好意を抱いている事は知っていた。
理解しているから、それを利用するのだ。
自らの目的の為に。
あの光り輝く月へ帰るためなら、ただ地を這うだけ者達がどうなろうと構いやしない。
私はその為にこれまで生きてきたのだから。